前頭側頭型認知症とは?
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この記事を書いた人
えびな脳神経クリニック
院長 岩田智則
日本脳卒中学会(評議員)
日本血管内治療学会(評議員)
日本脳循環代謝学会(評議員)
米国心臓協会国際フェロー(Fellow of AHA・脳卒中部門)
日本神経学会専門医/指導医
日本内科学会総合内科専門医/指導医
日本脳卒中学会専門医指導医
日本認知症学会専門医指導医
厚生労働省認定外国人医師臨床修練指導医
前頭側頭葉変性症は、主に40代後半から60代くらいの所謂初老期に現れる脳の病気です。この病気では、脳の前の部分(前頭葉)と横の部分(側頭葉)を中心に細胞が少しずつ壊れていきます。そのため、次のような症状がゆっくりと出てきて、だんだん進行していきます。
- 性格が変わる
- 普段とは違う行動をするようになる
- 言葉をうまく話せなくなる
- 物事を覚えたり考えたりする力が弱くなる
- 体の動きがぎこちなくなる
このように、前頭側頭葉変性症は、脳の一部が少しずつ働きを失っていき、人格変化や行動障害、失語症、認知機能障害、運動障害などが緩徐に進行する神経変性疾患です。
原因とリスク要因
原因
前頭側頭型認知症は、脳の前側(前頭葉)と側面(側頭葉)の部分で、神経細胞が損なわれる病気です。健康な神経細胞がなくなってしまうと同時に、残った神経細胞の中には異常なたんぱく質がたまっています。このたんぱく質は「タウ蛋白」「TDP-43」「FUS」などと呼ばれるものです。しかし、なぜこのように神経細胞が失われ、異常なたんぱく質があつまるようになるのか、その原因はまだよくわかっていません。前頭側頭型認知症の発症メカニズムについては、今後さらに研究が必要とされています。
リスク要因
遺伝的要因
欧米では3~5人に1人が家族の中に同じ病気の人がいるといわれ、遺伝が関係している場合があるとも言われていますが、日本では家族で同じ前頭側頭型認知症を発症したというような家族歴は、ほとんどみられません。
年齢
通常は40代後半から60代前半の所謂初老期の間に、この病気が出てくることが多いです。
性別
前頭側頭型認知症は、男性と女性に発症する割合はほぼ同じです。
発症の機序
正確な発症原因はまだ分かっていません。しかし、「タウ」「TDP-43」「プログラニュリン」などの遺伝子の異常が関係している可能性が指摘されています。
症状は?
前頭葉は言語、意欲、想像力、注意力、判断力、自制力などの高次脳機能を司る重要な部位です。前頭葉が障害を受けると、行動や感情をコントロールすることが困難になります。側頭葉は言語、記憶、聴覚などの中枢があり、障害部位により重度の言語障害や記憶障害を引き起こします。前頭側頭葉型認知症では、前頭葉や側頭葉の機能低下により、以下のような特徴的な症状が現れます。
行動障害
脱抑制行動 (社会的不適切行動、無作法、衝動的無分別な行動など)
周りの人への配慮が少なくなり、人目を気にせず自分の思うままに行動するようになります。例えば、欲しい物を店から持ち出してしまう万引き行為や、他の人の食べ物を、断りもなく食べてしまう盗食など自己本位的な行動(我が道を行く行動)や反社会的行動が見られるようになります。
無関心または無気力
前頭側頭型認知症の特徴として、自発的な行動の減少が挙げられます。また自己や周囲への関心が低下することがあります。具体的には、身だしなみや衛生状態への無関心が顕著になり、入浴や着替えを怠るようになります。また、以前は親密だった家族や友人との関係性にも変化が生じ、彼らの様子を気にかけなくなります。さらに、かつては熱中していた趣味や活動に対する興味も失われていきます。これらの変化は、脳の感情や意欲を司る部位の機能低下によるものですが、本人には自覚がないことが多いため、周囲の人々の気づきが重要となります。
共感や感情移入の欠如
頭側頭型認知症の進行により、他者の感情を理解し共感する能力が低下します。例えば、家族や友人が悲しんでいても慰めの言葉をかけられなくなったり、周囲の喜びに共感できなくなったりします。また、相手の表情や声のトーンから感情を読み取ることが困難になり、冗談や皮肉を字面通りに解釈してしまうことがあります。これらの変化は、脳の感情処理や社会的認知に関わる領域の機能低下によるものです。患者本人は自覚していないことが多いため、周囲の人々の理解と適切な対応が重要となります。
固執・常同行動 (反復行動、儀式的行動、常同言語など)
毎日決まったコースを散歩する常同的周遊(周徊)や同じ時間に同じ行為を毎日行うなど、時刻表的生活が認められます。
食行動の変化 (嗜好変化、過食、異食など)
過食となり、濃厚な味付けや甘い物を好むなど、の変化がみられることがあります。例えば、以前よりも食べる量が増え、満腹でも食べ続けてしまうことがあります。食事の回数が増えたり、間食が多くなったりすることもあります。また、濃い味付けの食べ物を好むようになるなど味の好みが変わったりするため、とても塩辛いものや、スパイシーな料理を好んで食べたり、甘いものへの欲求が強くなり、お菓子やケーキ、アイスクリームなどを頻繁に食べたがるなど、特定の食べ物にこだわり、毎日同じものを食べるようになったり、以前は好きではなかった食べ物を急に好むようになることもあります。食事のマナーの変化もみられるようになり、食事の時間や場所にこだわらず、思いついたときにすぐ食べようとすることがあります。
記憶や視空間認知は保たれるが遂行機能障害がある
集中力が続かず、一つの行為を持続して続けることができない注意障害が見られます。例えば、本を読んでいても、すぐに飽きてしまい、最後まで読めなくなったりテレビ番組を見ていても、途中で興味を失い、チャンネルを頻繁に変えてしまいます。会話の最中でも、途中で話題が変わったり、突然違うことを始めたりすることがあります。家事や仕事などの日常的作業も、途中で投げ出してしまうことが増えていきます。
言語障害
前頭側頭葉型認知症では、側頭葉の言語領域が障害を受けると、以下のような記憶力や言語機能の低下が見られます。
・記憶障害
物や人の顔を認識する力の低下により、よく使う道具の名前が思い出せない、親しい人の顔がわからなくなるなど、見慣れた物や人の顔がわかりにくくなります。
・単語理解・物品呼称の障害
言葉の意味がわからなくなったり、物の名前を思い出せなくなります。例えば、「りんご」という言葉を聞いて繰り返すことはできても、実際のりんごを見て「これは何?」と聞かれても答えることができなくなったり、複数の物の中から「これを取って」と指示を出されても、どの物を指しているのかわからなくなったりします。
・運動性失語
話す量が減ったり、文法が間違っていたり、発音がおかしくなったりします。また、言葉を探すのに時間がかかるため、話し始めるのが難しくなり会話のリズムやアクセントがおかしくなります。これらの症状は、「進行性非流暢性失語」という病気でよく見られますが、前頭側頭型認知症の人にも現れることがあります。
・その他の症状
その他に前頭側頭型認知症の人に、時として見られる他の症状を挙げていきます。
・運動障害
筋肉が痩せてしまう事で腕や足の筋肉が細くなったり、筋力が弱くなることがあります。そのため、重い物を持ち上げるのが難しくなったり、歩行が困難になります。(運動ニューロン疾患)
・認知機能障害(失算・失読・失書)
例えば、計算や読み書きが苦手になり、難しくなることがあります。また対象物に対する知識の障害(特に低頻度/低親密性のもので顕著)が見られることもあります。
・他の神経変性疾患に類似した症状
上下に目を動かすのが難しくなるなど、目の動きに問題が出ることがあります。(進行性核上性麻痺の症状)また、体が固くなったり、動きが遅くなったり、手足が思うように動かせなくなるなどがあり、特に片側の手足の動きが悪くなる事もあります。(大脳皮質基底核症候群の症状)
検査と診断のプロセス
1:問診
本人とご家族から、発症からの経過と現在の症状や行動異常について詳しく聴取します。ご家族からの情報が重要な手がかりになります。
1・本人からの情報収集:
患者さん本人から症状について詳しく話を聞きます。いつごろから変化に気づいたか、どのような症状があるか、日常生活での困りごとや変化についても確認します。最初の症状が現れた時期から、現在までの変化を時系列で確認します。症状がどのように進んできたか、その速さや順序も重要な情報です。今の症状や行動の異常についても、具体的に聞き取ります。
2・ご家族からの情報収集:
ご家族の方からの情報は、とても大切な手がかりになります。ご家族の目から見て、患者さんの行動や性格がどのように変わったかなど、症状の進み方や日々の生活の様子についても詳しく話を聞きます。患者さん本人が気づいていない変化でも、ご家族が気づいていることがよくあります。ご家族の細かな観察が、正確な診断につながることがあります。
3・既往歴と家族歴
過去の病気や治療歴、服用中の薬についても確認します。また、ご家族の中に似たような症状の人がいないかも聞きます。
このように、本人とご家族の両方から詳しく話を聞くことで、医師は病気の状態をより正確に把握し、適切な診断や治療方針を立てることができます。また、この過程は、ご家族が患者さんの状態を理解し、今後の介護や支援を考える上でも重要な機会となります。
2:診察
診察や検査を受ける際の患者の態度や反応から、異常の有無を観察・確認します。
1・診察室での観察
医師は、患者さんが診察室に入ってくる瞬間から歩き方、姿勢、表情などから、全体的な健康状態を確認します。
2・コミュニケーション能力の評価:
医師との会話を通じて、言葉の理解力や表現力を確認します。質問に対する答え方や、自分の症状を説明する能力を観察します。
3・指示への反応:
簡単な指示に対する反応を見ることで、理解力や動作の正確さを確認します。
4・記憶力と注意力のチェック:
短い会話や簡単な質問を通じて、記憶力や注意力を確認します。
5・感情の変化や行動の特徴
診察中の感情の変化や特徴的な行動を観察します。
6・一般内科学的所見:
血圧測定や脈拍測定など、基本的な身体検査を施行します。
7・認知機能検査:
必要に応じて行う認知機能検査を施行します。
8・ご家族とのかかわり方:
ご家族が同席している場合、患者さんと家族のやりとりも重要な観察ポイントになります。
これらの観察を通じて、医師は患者さんの状態をより正確に把握し、前頭側頭型認知症の可能性や他の疾患との鑑別を行います。また、これらの観察結果は、今後の治療方針や生活支援の計画を立てる上でも重要な情報となります。
3:画像検査
頭部MRIや黄血流SPECTなどの画像検査を行い、前頭側頭葉の萎縮や血流低下などの所見がないかを確認します。画像検査は、前頭側頭葉変性症を診断する上で非常に有用な手段です。しかし、画像所見のみでは確定診断をすることはできません。臨床症状や他の検査所見と合わせて総合的に判断する必要があります。
【MRI検査】
MRI検査では、典型的な前頭側頭葉変性症患者において、前頭葉や側頭葉に限局した萎縮(脳組織の萎縮・減少)が認められます。症状の違いにより、委縮する部位が異なることがあります。行動異常を主症状とする患者は、主に前頭葉の萎縮が見られます。失語症(言語障害)を主症状とする患者は、側頭葉の言語野周辺に萎縮がみられることが多いです。MRIはまた、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、統合失調症、うつ病などの他の疾患との鑑別にも役立つ場合もあります。各疾患で萎縮のパターンが異なるためです。
【脳血流SPECT検査】
MRIで明らかな萎縮が認められない軽症例では、脳血流SPECTが有用な場合があります。脳血流SPECTは、脳の各部位への血流量を画像化する検査です。前頭側頭葉変性症では、前頭葉や側頭葉の血流低下が特徴的に見られます。MRIで軽度の萎縮しか確認できない初期の患者さんでも、脳血流SPECTでは前頭葉・側頭葉の顕著な血流低下が確認できる場合があり、診断の一助となります。
総合的な判断
以上の問診、診察、画像所見などから総合的に判断し、診断基準に照らし合わせて最終診断を下します。
5:診断基準
指定難病における前頭側頭型認知症の診断基準が以下の通り、2疾患に関して定められています。
(行動異常型)前頭側頭型認知症
(1) 必須項目: 進行性の異常行動や認知機能障害があり、日常生活に支障がある
(2) 以下A~Fの6項目のうち3項目以上を満たす
A. 脱抑制行動 (社会的不適切行動、無作法、衝動的無分別な行動など)
B. 無関心または無気力
C. 共感や感情移入の欠如
D. 固執・常同行動 (反復行動、儀式的行動、常同言語など)
E. 食行動の変化 (嗜好変化、過食、異食など)
F. 記憶や視空間認知は保たれるが遂行機能障害がある
(3) 70歳以上での発症は稀
(4) 画像で前頭側頭葉の萎縮・血流低下がある
(5) 他疾患 (アルツハイマー病、レビー小体型認知症、精神疾患など) を除外
(6) 上記(1)~(5)をすべて満たす
その他の特徴として、幻覚妄想はあまり見られず、検査時に真面目に取り組まない、言い訳をしないなどの態度も参考になります。
意味性認知症
(1)必須項目a):次の2つの中核症状の両者を満たし、それらにより日常生活が阻害されている。
A.物品呼称の障害
B.単語理解の障害
(2)以下の4つのうち少なくとも3つを認める。
A.対象物に対する知識の障害b)(特に低頻度/低親密性のもので顕著)
B.表層性失読・失書c)
C.復唱は保たれる。流暢性の発語を呈する。
D.発話(文法や自発語)は保たれる
(3) 高齢で発症する例も存在するが、70歳以上で発症する例は稀である注1)。
(4) 画像検査:前方優位の側頭葉にMRI/CTでの萎縮がみられる注2)。
(5) 除外診断:以下の疾患を鑑別できる。
1) アルツハイマー病
2) レヴィ小体型認知症
3) 血管性認知症
4) 進行性核上性麻痺
5) 大脳皮質基底核変性症
6) うつ病などの精神疾患
(6) 臨床診断:(1)(2)(3)(4)(5)の全てを満たすもの。
a)例:これらの障害に一貫性がみられる、つまり、異なる検査場面や日常生活でも同じ物品、単語に障害を示す。
b)例:富士山や金閣寺の写真を見せても、山や寺ということは理解できても特定の山や寺と認識できない。信号機を提示しても「信号機」と呼称ができず、「見たことない」、「青い電気がついとるな」などと答えたりする。有名人や友人、たまにしか会わない親戚の顔が認識できない。それらを見ても、「何も思い出せない」、「知らない」と言ったりする。
c)例:団子→“だんし”、三日月→“さんかづき”
まとめ
前頭側頭型認知症は、40代後半から60代の初老期に発症する進行性の脳疾患です。前頭葉と側頭葉の神経細胞が徐々に損傷し、性格変化、行動障害、言語障害、認知機能障害などの症状が現れます。原因は不明ですが、遺伝的要因も示唆されています。診断には、詳細な問診、診察、画像検査、認知機能検査が行われ、特徴的な症状と画像所見を基に判断されます。行動異常型と意味性認知症の2つの診断基準があり、他の認知症疾患との鑑別も重要です。早期診断と適切な対応が求められ、症状の進行に応じた支援が必要となります。ご自身やご家族に心配な症状がある場合は、一日も早く専門医を受診することをお勧めします。